「白い花」 「秋晴れ」

現在、奄美の田中一村記念館で代表作2作が公開されています。
田中一村は生前、作品を発表することはほとんどありませんでしたが、かねてから敬意を払っていたこともあり川端龍子の主催する青龍展に出品するようになります。青龍展は在野の団体であり、野にある画家たちが、形式にこだわらずに応募でき、この自由な雰囲気の中で一村もおおいに画筆をふるいました。
昭和22年の第19回青龍展に出品し初入選した作品が、今回公開されている「白い花」です。
(一村はこの年に米邨から柳一村に号を改めています。)
白い花 秋晴れ
* 奇しくもこの年の日展には、東京美術学校時代に同期であった東山魁夷が「残照」を出品しており、「残照」は特別賞を受賞して政府買い上げとなります。等しく溢れるほどの才能を持ちながらも、二人が辿ったその後の人生を考えると複雑な気持ちになります。
翌年、一村は自信を持って会心の作「秋晴れ」を出品します。
ところが意外にも川端龍子はこの「秋晴れ」を選から落としたのでした。思いっきり金泥を使い、制作費も時間も全て、思いのたけをつくして制作した自信作だっただけに、その衝撃がおおきかっただろうことが容易に想像できます。
結局、これがきっかけとなり、またそれまでのいろいろな不満も手伝いそれ以降は川端龍子とは絶縁状態となってしまいます。
(「日本のゴーギャン田中一村伝」 南日本新聞社編 参照)
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